【コラム】Audrey Tang前台湾デジタル相が語った、Singularityで人を不幸にさせないための概念

SusHi Tech TOKYO 2025のセッションからAudrey Tang氏が語ったPluralityという概念を取り上げるコラム。ユートピアという画像が書かれた道しるべが写り、AIによる明るい未来、暗い未来の分かれ目についた記事と分かるアイキャッチ画像

東京ビッグサイトで5月8〜10日、開催された「SusHi Tech TOKYO 2025」。APHORME編集部スタッフは9日、会場でHEART CATCHの西村真里子氏がモデレーターを務め、Audrey Tang前台湾デジタル相、Sakana AIのDavid Ha CEOが登壇したセッションを聴いた。

ここで耳に残ったのが、Tang氏が繰り返していたPluralityという概念。辞書的な意味としては、「複数(性)」「多数」などといった意味を持つ英単語だが、Tang氏はSingularityの対になる概念として語る。また、Tang氏と経済学者であるGlen Weyl氏との同名の共著も存在する。

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SingularityはAIの文脈の中では、「技術的特異点」の意味で使われる言葉で、具体的には2045年頃にAIの知能が全人類の知能を上回ることを指す。このとき、多くの人々の仕事がなくなるなどで社会から疎外されてしまうのではないか、との不安がある。

Tang氏は、Singularityを「人を取り残してしまうこと」と語っていた。そして、Pluralityは反対に、「誰一人、取り残さないこと」だという。SDGsの目指す方向と同じだが、要するにIT、AIの世界でも、立場の弱い、経済的に厳しいコミュニティや人を支える理想的な環境を追求していこうということなのだろう。

セッション中のTang氏

Pluralityの具体例としてTang氏は、台湾でのSNS広告における詐欺的コンテンツの規制について説明した。

SNSの広告で何ら関係のない著名人の写真が勝手に使われることは日本国内で問題になっているが、世界的にも同じだ。

現代、こういった規制や法制化をしようとすると、インターネット上でパブリックコメント(パブコメ)を募り、AIなどに分析させる方法が思い浮かぶ。しかしこの方法は、AIが多数派となっている意見を実社会の多数派と認識してしまうなど、問題がある。実際、日本の政府機関がパブコメを募集すると、同じ内容、文言で多数の投稿がある課題が起きている。

そこでTang氏は、生身の国民に会議室などへ来てもらい、議論。これらを複数の部屋で行った。そして、議論の中で出た意見をAIにまとめてもらい、法制化につなげている。Tang氏によれば、現在、台湾でSNSの詐欺的広告はほとんどないという。

たしかに、この方法であれば前提として国民全体の多数の意見とはならないし、生身の人間が発した妙案を記録できる。何より、会議室の中の多数意見も少数意見も取り上げられやすく、たしかに誰一人、取り残さないことにつながりそうだ。

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どれだけPluralityの概念が世界に浸透したとしても、Singularityは実際に起きる可能性はある。しかし、SingularityによってAIが暴走する、人々が必要とされない状況への歯止めの考え方として、Pluralityは押さえておきたいといえるだろう。