Ford、EV分野での勝利に向け50億ドルの「賭け」。名高いベルトコンベヤー式生産ラインを1世紀ぶりの大転換

Fordが新型EVのプラットフォームと生産ラインの大転換を発表。ピックアップトラックの生産ラインが写り、Fordに関する記事と分かるアイキャッチ画像

1日、米Ford Motorが「新型電気自動車(EV)を11日に発表」と伝えた。

関連記事:Fordが新型EVを8月11日に発表へ。新車が与えるインパクトは「T型の瞬間になる」とCEO

その11日が到来し、同社はケンタッキー州ルイビルの工場で発表会を挙行。新型EVについては、従来から明らかになっていたように2027年にピックアップトラックを発売、また新たなEVプラットフォームを発表するにとどまった。

しかしもう一つ、大きな発表があった。Henry Fordの時代に築かれた生産ラインから、EVに適した生産ラインへと転換することの発表があったのだ。

新型EV、EVのプラットフォームから、順に見ていきたい。

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新型EVは4ドアのピックアップトラックで、2027年に発売予定。価格は3万ドル(443万円)〜となる。TeslaのCybertruckが7万ドル(1033万円)以上なので、6割近く安価となっている。

一方、新たなプラットフォームは簡素なつくりであることが、特徴。FordのJim Farley社長兼CEOは、「一般的な車両と比較して部品点数を20パーセント削減し、締結具は25パーセント、工場内のドック・ツー・ドックのワークステーション数(作業・検査などの場所)は40パーセント、(削減。)組立時間は15%短縮する」とコメントした。

プレゼンテーションをするFarley氏(Fordプレスリリースより)

このように部品点数などの削減を可能としたのは、「大型の一体型アルミ鋳造部品」でプラットフォームを構成するためだとFordは説明する。大型の一体型アルミ鋳造部品、とはTeslaなども採用するギガキャストと見られる。

新しいEVプラットフォームのイメージ(Fordプレスリリースより)

新たなプラットフォームは、リン酸鉄リチウム(LFP)角柱型バッテリーを採用。今回の発表を報じるTechCrunch(TC)によると、中国のCATL(寧徳時代新能源科技)からライセンス供与された技術によるバッテリーだという。

後述するように、今回の発表はDonald Trump大統領が進める「Make America Great Again(MAGA)」に呼応する構えが垣間見える。CATLは中国企業であるもののバッテリーの製造までは同国に頼らない他、LFPバッテリーはニッケル・マンガン・コバルト(NMC)の三元系バッテリーより地政学リスクが低い。

バッテリーの生産施設はミシガン州に建設し「BlueOval Battery Park」と名付けた。2026年に稼働開始し、1700人の時間給雇用を実施する。BlueOval Battery Parkには30億ドル(4430億円)を投資。この後、取り上げる新たな生産ラインの構築でかかる20億ドル(2950億円)と合わせると、総額50億ドル(7380億円)の巨額投資となる。

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生産ラインの改革で15パーセントのスピードアップ

続いて、新たな生産ラインについてだ。

1913年、Fordはベルトコンベヤー上でエンジンを組み立てていく生産ラインを構築。後に、車体の組み立てにも採用し、これがコスト削減、価格低下の要因となり、自動車が普及するきっかけとなった。

もちろん新たな技術の導入などはあったものの、Fordは1世紀超にわたってベースとしてはこの生産方式を続けてきた。今回、それが「大転換」することとなる。

The Ford Universal EV Production Systemの概念図(同社プレスリリースより)

上のイメージ図をご覧いただきたい。図の上部にある1本のラインは、従来のFordの生産ラインを示す。一方、下部の「The Ford Universal EV Production System」が新たな生産ラインだ。

3本あるラインのうち、2本は前述の一体型アルミ鋳造部品。ギガキャストによって造られると見られるこの部品は、まず前部、後部に分かれて組み立てていく。この部分の組み立てでは、シート、コンソール、カーペットなどが取り付けられていく。

そして、3つ目のラインであるバッテリー部が合わさることで、プラットフォームの完成に至る流れだ。

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では、従来の工場のままこのラインを形成できないのか、本当に20億ドルもの投資が必要なのか、といった疑問も出るかもしれない。

発表では、The Ford Universal EV Production Systemは作業者の体をひねる・曲げる、手を伸ばすなどといった動作を減らす人間工学の導入を訴求。こうした生身の人間の負担軽減は広報的要素があると受け止められるものの、その他にも徹底的に従来の生産工程を見直し、自動化や工数削減が図られたことは想像に難くない。

これらにより、ルイビル工場の組み立て速度は最大40パーセント、全体でも15パーセントの生産速度のスピードアップが見込まれるという。

FordのBryce Currie米国製造担当副社長は、次のようにコメントする。

「従業員を第一に考え、工場をゼロから再構築した。私たちは継続的な改善に命を懸けているが、時には劇的な前進が必要なこともある。人間工学における画期的な進歩と、部品、コネクター、配線の削減による複雑さの軽減が、品質の大幅な向上とコスト削減につながると期待している」

Fordにとって、EV生産での大きな敵となるのは、Teslaだけではない。というより、大量のEV生産を実現している中国OEMが、企業存続の上での脅威といえよう。

生き残りのため、生産ラインの大転換、そして巨額投資を実行するということだ。

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ルイビル工場は人員削減を行う見込み

今回の発表を伝えるプレスリリースの後半では、「アメリカの製造業への継続的な投資」という見出しを、Fordは設けた。前述した、MAGA政策への呼応が見られる点の一つだ。そして、この見出し部分の本文には、ルイビル工場で「2200人のパートタイマー雇用を確保する計画」と明記している。

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もっともTCによれば、実際には人員削減が行われると見られる。現状のルイビル工場における時間給労働者は、2808人であるためだ。

しかし、全米自動車労働組合(UAW)は今回の計画に賛同している。Fordが社内に組織したEV開発チーム「スカンクワークス(skunkworks)」のリーダー、Alan Clarke氏(Teslaの元開発責任者)はTCの取材に、次のようにコメントしている。

「雇用をアメリカ国内に留めるためには、競争力をつけ、このプロジェクトで利益を上げなければならないことを、彼ら(UAW)は理解している。これは本当に、ご存じのとおり、選択の余地はないことだ」

経営陣のプレゼンテーションを聴くルイビル工場の従業員(Fordプレスリリースより)

また、UAWルイビル工場のBrandon Reisinger委員長も、発表会で新たな人間工学の導入を歓迎するコメントをしたという。

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余談だが、ルイビルはバーボンウイスキーの産地であり、また競馬のケンタッキーダービーが開催されるチャーチルダウンズ競馬場が立地する。つまり、街全体で米国文化を体現している土地柄といえよう。

一方、今回のプレスリリースのタイトルには、「bet(賭け)」という言葉が使われた。50億ドルの大きな賭けに出たということである。

自動車という米国文化の一つを守るため、Fordにとっては、絶対に負けられない賭け、となりそうだ。

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